令和8年1月・正月
「横井小楠」(富国強兵)

●今月は、横井小楠(よこいしょうなん)が暗殺された月です。
[上の写真は、小楠が暗殺された場所(京都市中京区)です。
明治新政府の参与となりましたが、1月5日御所参賀の帰りの事です]
小楠は、彼の使っていた号の一つです。
肥後藩士の次男として熊本で生まれました。
大変な秀才で、江戸へ遊学しました。
楠木正成(大楠公)の息子正行(まさつら・小楠公)から
名前を取ったと言われています。
●小楠は、初め「攘夷論」を唱えていましたが、
「開国論」に変わりました。
佐久間象山と同じ感覚です。
福井藩主
松平春嶽に招聘され、
富国論、強兵論の「国是三論」を記しました。
[上の写真は、福井城です。小楠を招聘した
松平春嶽の城です。
写真の右側に少し写っているのが再建された御廊下橋です。]
●今月は、これにてお仕舞です。有難うございました。